2007年06月28日

田河大史先生のカイロプラクティックについての講演 

昨日は、川越に田河大史先生の講演を聴いてきました。
http://www2.u-netsurf.ne.jp/~tai1666/index.htm

埼玉県鍼灸按摩マッサージ指圧師会が主宰している“生涯研修会”というシリーズの講演会です。昨日はその第一回目というわけです。

テーマは『姿勢と脊柱の見方について 〜カイロプラクティックの視点より〜』というテーマについてです。

田河先生は筑波大学理療科で研修生だったときの先輩で、鍼灸師でもありカイロプラクターでもある先生です。




講演は示唆に富む内容で、非常におもしろかったです。とくに印象的だったのが、『痛みを追っていては、痛みはとれない。』という話です。

背骨は、全部で25個の骨がつながってできていて、そのひとつひとつの連結部(関節)が動くことで、身体の曲げ伸ばしができるのですが、全ての関節が均等に動いているわけではないらしいのですね。

よく動く働き者の関節と、ほとんど動かない怠け者の関節がいるそうです。

よく動く関節はその分酷使されるので、一定のボーダーを越えると痛みが出てきてしまいます。

で、それを治療するときには、働きものの関節にアプローチするよりも、怠け者の関節がきちんと動くようなアプローチをしてやるのがいいということなのです。

そうすれば、ひとつの働き者だけに酷使させずにすむので、結果痛みも軽減するというわけです。

痛みが訴えている働きものだけにアプローチして、怠け者をほっといたら、こうはいかないのではないかという考えですね。




自分も治療するときに、これに近い考え方をもっていたこともありますが、やはりカイロプラクチィックという別の切り口からみると非常に新鮮な印象を受けました。

やはり、知らない世界に触れてみるのはいい刺激になります。




最近こんなふうに思います。

世のなかにはいろいろな地域でいろいろな治療法がありますが、それらはみんな“人間”という同じ対象について研究しているんですよね。

いってみれば、ひとつの山をそれぞれ別のルートから上っているようなものだと思います。

だから、頂上に近づけば近づくほど、重なる部分がでてくるのではないかと思うのです。

“一流は全てに通ずる”という言葉がありますが、真理に近づいてくると、やっていることの見た目は違って見えても、その本質は非常に近い性質のものになっていくのではないかと思っています。

昨日の田河先生の話からは、そんなニュアンスが感じ取れました。




生涯研修会の4回目(9月)は僕がやる予定になっています。テーマは治療院経営についてです。いい講演を聴いて刺激になったので、がんばって準備をすすめていきたいと思います。

2007年06月19日

天外伺朗さんの『運命の法則』

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天外伺朗さんの運命の法則についてです。最初に読んだのは去年の秋頃だったのですが、すごく面白いのでときどき読み返していました。

幸運と不運は表裏一体だという話について、『人間、万事塞翁が馬』の故事を例に、述べられていました。

幸運と思っていた出来事が実は後から見ると不幸の入り口であったり、不運と思っていた出来事が後から見ると幸運のきっかけであることがあるという話です。

これを読んで、腰痛にまつわる話をひとつ思い出しました。以前、福島医科大学の菊地臣一先生の講演で聞いた話ですが、人の背骨の一生についての話です。

背骨は若い頃は、曲げ伸ばしが充分にできて、前屈すれば手は床にピッタリくっつきますよね。

しかし、年齢をかさねるにつれ、背骨の動きは次第に固くなり、床に手がつくどころか膝の高さまでも曲がらなくなってきます。

そして高齢になると、背骨はすっかり固まって、ほとんど可動域はなくなってしまいます。

そうなると、背骨ひとつひとつの間は狭くなり、隙間を通っている神経は圧迫され、坐骨神経痛がでたりします。

ここでポイントなのが、これは必ずしも悪いこととはいいきれないということです。

たしかに、背骨は固まってしまいましたが、裏を返せばグラグラしなくなった(安定性が増した)ともいえます。

痛み対策レポートにも書きましたが、関節がグラグラしているのは関節炎の原因になりえるので、そこが補強されるのはいいこととも考えられるわけです。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~acupuncture/about%20knee-pain6.html

つまり、可動域を犠牲に関節炎を防いでいるのかもしれないということですね。背骨が固まらなかったら、しびれよりももっとつらい激しい腰痛がでていたかもしれないというわけです。

どんな幸運と不運のはてに、今があるのかはわかりませんよね。ほんとうに『万事塞翁が馬』だと思います。

本の感想が、結局腰痛の話になっちゃいましたね・・・。

天外さんの著書はすごく共感させられるエピソードがもりだくさんなので、すっかりファンになっています。また、あらためて感想を書いていきたいと思います。
posted by 堀 雅史 at 16:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月15日

河津七滝温泉のつりばし荘

今朝、出勤前にTV東京の『朝はビタミン!』を見たら、伊豆の河津七滝温泉の『つりばし荘』を紹介していました。

じつはこのつりばし荘、6年ちょっと前に筑波大学の研修生仲間と一緒にいってるんです。楽しかったな〜。

なんだかすっごい懐かしい気分になりました。レポーターの人たちが抹茶風呂で「すご〜い!」って言ってましたが、僕らも同じこといってましたね。

当時、僕は研修生1年目でしたが、1コ上の2年目の先輩たちとすごく仲がよくて、海いったり、バーベキューしたり、よくイベントしてました。つりばし荘は、こどもべや修学旅行ってことでいってきました。

ちなみに“こどもべや”っていうのは、研修生が使ってる研究室の呼称です。研修生OBのことを“こどもべや出身”なんていったりするんですよ。

いまでも、当時のこどもべやメンバーとは年に数回集まってます。遊びも、研究も、鍼の練習も、ともに過ごした仲間って感じです。
posted by 堀 雅史 at 10:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ゆかいな鍼灸師仲間達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月11日

ブーツカット大好きな店員さん その2

昨日は、渋谷でお買い物してきました。

井の頭通りの『ゼンモール』という洋服屋さんで、以前にも書いた店員さんから、またブーツカットのジーンズを買いました。前回も非常に気持ちのいい買い物ができたので、またこの人から買いたいと思ったんです。Sさんという男前の店員さんです。

そのお店には2ヶ月ぶりくらいに顔をだしたのですが、Sさんは目が合った瞬間に「こんにちわ!この前のジーンズはいかがでしたか?」と聞いてきてくれました。こういうのって、言われた方は嬉しいものですね。

そして、今回もいろいろとジーンズのことについて教えてくれましたが、前回同様、実に気持ちのいい話しっぷりでした。“商品を求めにきたお客さんに、その商品がどのように素晴らしいのかを誠実に伝えてくれている”というのが良く解るんです。

正直、「ジーンズってこんなに深いんだ・・・」と思っちゃったくらいです。よほどのマニアか、専門家じゃないければ知らないことなんじゃないかと思います。

お店や店員さんによっては、全然そんなふうに感じない場合もあるわけです。「そんなこと聞いてないんだけどな・・・」っていうような・・・。そういう人の方が多いような気がします。

その違いは、ただ単純にお客さんが求めているものに答えているかどうかだと思います。この単純に答えるっていうのが意外と難しいことだと思います。誠実っていうのは、こういうことなんじゃないかと思います。普通いろいろ考えちゃうと思います。「買わせよう」とか。何かしら、お客さんをコントロールしようとしちゃうと思うんですよね。で、そういう雑念がでちゃったら、もう誠実な感じにはならないんですよ。多分。

Sさんからは、こちらをコントロールしようという意識はまったく感じないんですよね。「どんなジーンズがあるのか?」「このジーンズはどんなところがいいのか?」という僕の要望に、ただまっすぐに応えてくれたのです。しかもすごく楽しそうに。これも大切なポイントです。

だから僕はSさんの専門知識のおかげでおおいに納得し、実に清々しい気分で買い物ができたわけです。

僕も仕事として鍼灸をやっているので、Sさんの仕事のやりかたはすごく見習いたいと思いました。洋服を売るのも、鍼灸で人を治療するのも同じだと思います。どちらも、自分のもっている専門的な技能でそれを求める人に喜んでもらうということをしているのです。

ただ単純に、誠実に、患者さんに喜んでもらえるためにはどうしたらよいのか。それをまっすぐ追求していきたいです。

治療も経営もテクニックに走るとどんどん複雑になってしまいますが、真理は至ってシンプルなものだと思っています。

posted by 堀 雅史 at 12:56| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ステキなお店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月07日

集中力

この前読んだ、羽生善治さんの『決断力』に、集中力についてのくだりがありました。羽生さんいわく、深い海にスキンダイビングするようなものだとのことです。いきなり深くは潜れないのだそうです。少しずつ水圧にならしていかないと深くは潜れない、あせって潜ろうとしても、浅瀬でバタついてしまうだけだと。ゆっくり、段階的に集中力を深化させることで、どんどん深く入れるのだそうです。

先日、それをふと実感しました。ほんとうにそうだなぁ、と。

治療院のことでちょっと考え事をしていたときのことですが、ある段階で思考を練っていて、それが充分に練りあがるとそこに到達する前までは、まったく思いつかないような思考が浮かんでくるんですよね。

『あ、一段深く潜ったかな』と思いました。潜るまえには、絶対に入れないような思考にいくんですよね。で、それまで気になってた雑念はなくなっちゃうんです。すると、ものすごくクリアーに思考回路が働いて、『あぁ、これで解決じゃん』というところにけっこうあっさりいけちゃったりするんです。潜る前と後では別の人なんじゃないかと感じるくらいに・・・。

今までも、こういうことはあったのかもしれないけれど、羽生さんの本を読んだ後だったので、『アレって、このコトかな?』と思ったわけです。

ちょっと話が飛びますけど、集中するっていう意味の“没頭”とか“没入”っていう言葉がありますよね。あれってまさにこの潜っていくイメージをそのまま表したような感じがするんですよね。自我を没するというか、自分の内側に没していくというか・・・。言葉って、うまく表現されていますよね。
posted by 堀 雅史 at 11:32| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月01日

甲野善紀先生の動画を見て

You Tubeで甲野善紀先生の技の動画をみちゃいました。You Tubeってすごいですよね。見たい動画が検索できて、好きなだけ見れちゃうんですから・・・。ほんとにありがたい世の中になりました。

で、甲野先生の技ですが改めてスゴイですよね。ほんとに武術の研究に捧げた人生なんだろうと感じました。甲野先生の著書は何冊か読んでいて、その考え方って僕はとても好きなんですよね。武術に対しての考え方はもちろんですが、社会問題、教育問題、哲学など、幅広い分野について独得かつ、実にもっともな見解をお持ちなんですよね。動画を通して見ると、技の素晴らしさはモチロンのこと、そういう甲野先生の人間性をより臨場感をもって感じることができたという気がします。

思うのですが、それくらいのレベルまで何か一つの技芸を磨き上げるって生半可な道のりじゃできないですよね。それこそ人生を“それ”に捧げなくてはたどりつけない境地ってあると思います。

僕は高校2年から3年間、太極拳をやっていました。他のスポーツや武道にはない“独得な技の世界の魅力”があると感じて、興味を持ったんです。その頃はどっぷりハマってました。毎日練習して、いろんな気付きが得られました。でも、あるとき『やっぱり武術って、どこか自分には合ってないな』と思ってやめたんですよね。

その後、鍼の世界に入ってから10年以上経ちましたが、鍼の面白さは僕が高校2年のときに太極拳に感じた“独得な魅力”に通ずるところがあるような気がしています。そして、武術ではなく治療としてそれを磨いていくことが『自分に合っている』と思えるのです。

甲野先生の動画を見て、久々にそんなことを思い出すとともに、改めて今の自分の仕事をもっともっと磨けあげたいと思いました。
posted by 堀 雅史 at 11:50| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | アーティスト、アスリート、職人さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする