2010年05月19日

一射絶命

久々に読書ネタです。

『一射絶命 禅、弓道、そして日々の行(ケネス・クシュナー〔著〕、櫛田如道〔訳〕、細川道彦〔監〕)』を読みました。

以前より東洋思想(とりわけヴェーダーンタ哲学、老荘思想、禅など)に傾倒しており、日々物事の指針にしてきました。最近、いやしの道協会の研修で座禅をご指導いただく機会ができ、改めて禅について理解を深めたい思った次第です。

禅の流儀としては何より実体験を重んじますから、頭で理解することは目的ではないのですが、体験を受け入れる準備として知識が助けになることはおおいにあると思っています。

それで本の内容ですが、非常に良かったと思います♪要諦は『弓と禅』、『霊箭』、『不動智神妙録』などと同じところにあると感じましたが、著者がアメリカ人青年(当時)なので、現代の西欧文化に慣れ親しんだ日本人にとってはかえって視点が近く、理解しやすい表現が多く含まれていました。

なかでも絶妙にしっくり来たのが下記に引用させてただく無心についての記述です(訳のクオリティが高いことにもよると思います)。

『無心においてのみ、人は正しく自然な働き、すなわち理に従った行動ができる。理に従った行動ができるためには、その行為を行うという意図あるいは作為を捨てなければならない。心の中に湧き起こる雑念の多くが、次にとるべき行為に関するものであってもである。それらの意識はみな、妄想というべきものである。次にとるべき行為を計画、意図することは、現在の行為に真に集中するための妨げとなる。』

また、鈴木大拙氏は無心について、以下のように表現しているそうです。

『意識の全領域を強力に支配し、同時に未知の何かに向かって働きかける謂いようがない「力」に無条件に従うことである。言ってみれば、その意識の働きに関する限り、彼は「自動人形」になってしまうのだ』

非常によく解ります。そういうものですよね。2年前から身体教育研究所で稽古していることにも大いに通じるような気がします。また、これはおよそ全ての芸道に適用される普遍的原理だと思います。武道、華道、書道、スポーツ、料理、音楽(作曲、作詞、演奏)、文筆活動、アートなどなど・・・。もちろん鍼道もしかりです。※注

禅は単刀直入に真理に向かっていくのですね。僕はやっぱりシンプルなのが性に合ってるみたいです。

※注
誤解のないように補足しておきますが、無心は何も考えずに当てずっぽうの仕事をすることではありません。必要とされる知識と技術を全て身に付けた後、それらを正しく使いこなすための心持ちについて述べているのです。どうかご心配なく。(^-^;
posted by 堀 雅史 at 12:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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